まだ見えない「何か」あるいは遠くにいくつか見える「どれか」を離れた場所からの指示を信用して探しあて、持って来る。 ただそれだけです・・・ とても単純ですが「深い」ことです。投げたものを反射的に追いかけ、持って来ることは本能に近いかもしれませんが 絶対的な信頼と自信がなければ複数の目標物から選んで咥えたり、藪の中に潜む目標物に向かうことが出来ないかもしれません。
信頼と自信は人通りの多い街中を歩くことでも互いに少しずつ高めることが出来ると思います。誰も歩いていない道を歩いても散歩の躾にはなりますが「訓練」にはなりません。 散歩と訓練は別と考えた方がメリハリがつきます。 ためしに街中のもっとも人の多い時間の歩道を歩いて見てください・・・ 飼い主である人間も犬も共に緊張するはずです。 いつ誰に手を差し出されるかも知れませんし、何かを食べながら向かってくる子供。露骨に怖がる人。いい匂いのするパン屋。 いろんな人や物、匂い。いつも同じ散歩道を歩いている犬にとってはかなり刺激的&危険な「道」に。 そして街中では躾のレベルも問われかねません。 歩道上や店先にマーキングはマズイでしょうし、 コンビニ前で路面にあぐらをかいて何かを食べている女子高生から差し出された「何か」を食べちゃう様でもね。 見通しの悪い上りきった角で誰かと出くわすことの多い歩道橋・・・緊張要素はたくさんあります。 こんな街中をリラックスして平然と歩けるようになれば当然「信頼・自信」は高まっているはずですよね。 この信頼・自信を高めることが【訓練の基礎】ひとつめ。 ふたつめは互いに「わくわく」期待感を持つこと。でしょうか。 毎日規則正しく同じ生活は犬にとって苦痛なの知ってました?進展のない毎日は人間にとっても苦痛なはず。 それに慣れてしまうと感覚はどんどん鈍くなって行きます、人間も犬も。 「訓練」は絶対必要不可欠なことではありません、だからこそ毎日「次はなにしようか?」 犬の期待を「いい意味で」裏切りながら「新しい・いつもと違う」ことを続ける。 毎日新しい訓練なんて・・・そりゃムリですね。 私はこう考えています、例えばいつもと違う場所・時間に食事を与える。散歩はいつもどっちに曲がるか分からない。 いつもと違う部屋で遊ぶ。いつもはありえない時間に散歩する。などなど・・・ 常に「ウチのボスは何するか判らんゾ・・・」と思わせるんです。信号待ち中に突然「右手!」とか「返事!」なんてね。 そんな飼い主=ボスでいれば、いつも注目してくれますから「次なんか言ってヨ!」って。 互いに期待感をもって生活するのはタイヘンですが(常に何か考えてなくてはなりませんから。)楽しいはずです、犬も。 それから【訓練の条件】がひとつ。 「叱らない」それだけです。 必要不可欠ではないことをさせようとしているのですから、できなくても・失敗しても絶対叱らない。 がっかりした態度もだめですよ。「しようとしたこと」だけで十分ほめるんです。 これを間違うと信頼と「目のかがやき」を失います。競技犬でたまにいますよね・・・テンションが低く、目がイッてる・・・ね。 このふたつの【訓練の基礎】とただひとつの【条件】を日常にしていればいろんな新しいことを覚えて行く。はず・・・ |