夏の「危機」を脱出した9月。体重3.50キロでした。
サク♂とおそろいのバンダナ巻かれたりしてね・・・
でも、この後10月下旬からまた食べなくなりました。
そして、また強制的に流動食を流し込む事に。
10月末には、もうほとんど目が見えないらしく、不思議な方向に歩いたり・・・
11月上旬になると、一週間もウンが出せず、もどしまくり・・・
今度は直腸から搾り出す事をマスター。
でも、これで大分元気になって来ていました。

11月10日。
朝。いつもの様に少なめの流動食。ここ数日と変わらず。出勤。
夜。帰宅すると「なんか夕方からくた〜っとしてるよ。」とのこと。
抱き上げると体がぐにゃぐにゃ・・・立たせるとふらふら。よだれ多し。
夏に使った「ベット」に寝かせる。が、丸まった姿勢が苦しいらしく、
出て、まっすぐ伸びたがる。声にも反応せず。
すっかり瞳孔が開いてまぶしいらしく、タオルをかけると少し落ち着く。
スポイトで水を飲ませる。口を動かしたのは3回ほど。
あとはそのまま流れ出る。
呼吸は浅く、時々全力で深い深い深呼吸をする。
何度ベットにもどしても、ソファーに出てしまう。
このときだけは動きが早い。
そのうち、立ち上がる力も・・・
すっかりサク♂は近づかなくなり・・・
2005年11月10日 22:50 絶命。
最後は、急にビックリするくらいの大きな声で鳴きました。
それも3回。全身の力振り絞って・・・
そして、吐血。
呼吸停止。しかし、心臓は動いている・・・
急に痙攣するように一回息をすう。
人口呼吸してみた。それも思いっきり。

また、息をすう。
何度も繰り返し。
そして、声をかける。
そうなんです、このとき私たち家族4人が取り囲んで声をかけていました。
最後に息を吸ったあと、その次があるか待っている時間は長かった。
そして、何時までもそのままなのをいつ確認したのか覚えていない。
窒息なんだよね。鼻腔腫瘍だから。苦しかったね。
何度でも口で息送り込んであげるのに。
もう、一ヶ月くらい啼いたことのないトラが全力を使い果たした。
だから目を閉じさせてあげるのには大分時間がかかった。
顔や首を拭いてあげて、口にジンを含ませて一緒に飲んだ。
夜、一緒に寝ようと顔を見るとトラは疲れ果てている様に見えた。
何度顔を撫でなおしても、そう見えて哀しかった。
朝になると我々家族はすごい顔になっていた。
しかし、トラはとても安らかな顔になって、
眠っているようにしか見えなかった。
夜中にたたき起こされた「なお」はすっかり覚えてないらしい。
「トラ寝てんじゃないの?」って。
庭の夏椿の下に。
掘る土は重かった。
爪とぎとカン詰を下にいれ、
本当は土なんてかけたくなかった。
今咲いている庭の花を、
線香は爺ちゃん・婆ちゃんから、
首輪しか残らなかった。
「あるもの」はそれに関わる「あるもの」にとっての「役割」がある。
それを「全力」で応えようとすることが「全うする」こと。
そして、「死ぬため」に「生きて」いる。
トラ。16歳5ヶ月。ずっと一緒でした。
ヤツにとって他人の我々夫婦は
我々夫婦が、「家族」となっていく原点でした。
そして、全力で生きてくれてありがとうな、トラ。
おまえのお陰で家族になった私たちはおまえをわすれない・・・